カンパニアは、「市民の手による社会活動」が、それぞれの多様な手段で実現できることを願い、またカンパニア自身もそれを担ってゆきたいと考えています。

そこで、折に触れ すでにやっている先輩方に実際にお話を伺うことをやってゆきたいと思ってオンラインイベントを開催しました。

第一回目にお話を伺いたいとお願いしたのは、大阪で暮らす本村綾さん。
「自分の活動のことを話すことはあっても、自分自身のことをお話するのははじめてやわ!」と、快く引き受けてくださいました。

 

【なぜお話を聞きたかったのか】

一人の人のライフ・ヒストリーとともに、その経験値をシェアしていただくことほど贅沢なことはないと思っています。

今回お話を聞きたかった、本村綾さん。

大阪で、会社員としてのお仕事のかたわら、アクティブに精力的に、そしてとっても楽しそうに社会活動もされている印象を持っていました。

私=きらが、綾さんにはじめて会ったのは、7-8年前。

大阪で20年以上続く、有名なコミュニティハウス・モモの家での出会いが最初だったと思います。

小ちゃくて、とってもかわいくて、でも政治や憲法の話にキレッキレに突っ込むけどトゲがない。

すごく楽しそうに、政治に突っ込む替え歌を歌ってる♪

そんな綾さんと、去年 オンライン上ではありますが、再会する機会がありました。

茨城県で、東海第二原発再稼働の賛否を問う住民投票を求めた、いばらき原発県民投票の会

仲間たちが懸命に活動していて、カンパニアでも精一杯の応援をしていました。

 

その住民投票に関わるオンラインイベントで再会した綾さんは、大阪で昨年、再び行われた住民投票、いわゆる都構想に関する賛否を問う投票を、外国籍の人たちもいっしょに投票したいという活動=大阪みんじゅう(みんなで住民投票)の中心メンバーとして活動していて、各地の住民投票経験者&活動者の一人として、やはりキレッキレの意見を出していました。

その人がどうやって社会に起こる問題を自分ごととして考えるようになり、
どんな風に声を上げ出したのか、どう動き出したのか、
そして どうやってまわりを巻き込んでいったのか、
うまくいったこと、うまくいかなかったこと、うまくいかなかったことから 何を学び 次にどう活かしたのか、、、などなど聞きたくて、リクエストしてみたら快く受けてくださって実現した場でした。

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【社会活動に意識を持つようになったきっかけ】

3.11。2011年の原発事故です。
大阪だったので、自分が地震の大きな揺れを感じるということはなかったのだけど、その後 津波や原発事故の映像を会社のみんなとテレビを観ていて、信じられなくてショックで、でもずっと観てしまって苦しかった。

「何かしないと!」と思いながらも、何もできないことに腹が立ったり、もどかしく思ってたりしました。

 

ショックを受けながらも考えたことは、

「原子力発電というものは、事故になると手に負えないんだ」
「これだけの事故があったから、原発は無くなるんだろう」
「大変なことがあったから、大きな騒ぎになるだろう」
「政治家や偉い人たちが、良いように変えてくれるだろう」

と思ってた。
けど、、、すぐには変わっていかなくて、「何かおかしいと思い始めた」
それが、社会活動に思いが向くきっかけでした。

 

【社会活動をはじめた経緯】

 

意識が向いて最初にしたことは、鎌仲ひとみ監督の映画「ミツバチの羽音と地球の回転」を観て勉強をはじめたことです。
祝島やスウェーデンの再生可能エネルギーのことを知ったり、会社のスピーチで「原発はなくなるはず」みたいなことを話しをしたりしました。
そして、2011年の6月頃からは、脱原発のデモに参加したり、毎週金曜日の関電前抗議アクションに参加したりするようになりました。

2013年頃には自分で映画上映会を主催したり、上関原発予定地の祝島を訪ねたりするようになりました。

 

【「原発反対」の行動から、「住民投票活動への関わり」へ】

活動の中心は、原発反対」の行動から、住民投票活動への関わりへと次第に移ってゆきます。
大阪市「原発」市民投票条例制定の直接請求の受任者となったり、該当署名を集めたりして、1ヶ月で5万筆以上の法定有効署名を集めて大阪市会へ提出しました。
受任者になったときは、「もし原発賛成って結果になったらどうしよう?」という迷いがありましたが、このまま何もしなかったら原発は動き続けているので、「少しでも可能性があるのだったら、やろう!」と思い、そう決心できたことが転機でもありました。
この住民投票活動は、議会で否決をされました。

その後 原発国民投票の会のメンバーとして加わり、現在は運営委員として関わっています。
ここでは、「大事なことはみんなで決めよう」を軸にしています。

最初 受任者になったときは「少しでも変わるならば、、、(自分は原発反対なので)少しでも反対に近づくならば、、、」との思いでいたけれど、活動を続けるうち、「たとえどんな結果であっても、大事なことをみんなで話し合って決めたことは尊重されるべきもの」としっかりと思えるようになってゆきました。

 

今は、各地の住民投票の応援もしています。
(マンパワーがどこも足りていないので)各地の活動に出向いて応援したり、
直接出向いて応援できないコロナ禍では、街宣車用の歌を録音して送ったり、
クラファン ページの応援メッセージなどで応援し続けています。
各地に出向くことで、地域ごとの事情で反応も違ったりすることで、いろいろ考えるきっかけにもなります。

 

政治に直接はたらきかける活動のかたわら、自分の生き方そのものをみつめることにもなり、
パーマカルチャーデザイン(関係性を活かし合うデザイン)も学びました。

 

そして憲法の勉強会。
以前は、ちゃんと憲法を知ったり読んだりしたことはなかったんだけれども、
2016年当時、参院選で改憲派議員が国会の2/3以上になり、憲法改正の国民投票が実施されるかも?の気運が高まっていた頃です。
きっかけは友人の映画上映会で、憲法改正に関する映画=「不思議なクニの憲法」を観たのがきっかけです。
今の憲法と、自民党の改憲草案を読み比べていって、解読し、その違いにびっくりしてSNSで投稿したりしていました。
もしこれを、みんなが知らないまま憲法発議されたら、、、と思い、読み比べをする会をしようと思いつきました。
そこで「憲法のおべんきょう」という会を主催して、憲法改正についての映画をみて、選挙後に憲法と自民党改憲草案を音読して対話する会を、6回2クールしました。

 

2019年に入ると、みんじゅう(みんなで住民投票!=大阪市廃止・特別区設置(いわゆる都構想)住民投票で、外国人市民も投票できるように大都市法改正を求める請願活動)に中心的に関わりました。
以前に関わった原発国民投票の会で、よりよい住民投票の在り方の提言を提出していて、その項目の1つに、「共に暮らしている外国籍住民の投票権」についても言及していて、それを実現させる機会でもありました。当時、日韓関係が悪化していたこともあり、今だからこそやろうと思いました。
2度の陳情と請願を提出、2回目には3万筆の署名を集めましたが、議会で否決。
その後都構想住民投票が実施されることが決定し、外国人居住者は都構想についてどう思っているか言う場すらないということになり、少しでもみんじゅうらしく改善する方法を考え、「住民投票アンケート」を自主的に実施、外国人の意見を可視化する活動を実施しました。

賛成/反対以上に、外国人居住者の意思というものが聞かれたことは今だかつてなかったのでメディアの注目も高く、報道してもらえました。

 

みんじゅうの活動で大切にしたこと=「当事者性」

活動を始める時に、「みんじゅうの活動の当事者は誰だ?」ということを、何度も話し合いました。
当初メディアの注目は、今まで発言する機会のなかった外国人そのものにインタビューを求めるということが目立ったが、これは日本人がやってるということでないとダメだと在日コリアンの方に言われた。最初はピンとこなかったけれど、活動を続けるうち、差別を許してきたのはマジョリティである日本人と日本社会だから、マジョリティである日本人こそが、このことをどう変えようとするかが大切で、

「マイノリティの抱える問題は、マジョリティが課題解決の当事者である」ということを何度もことあるごとに確認し伝え続けることに注力しました。

みんじゅうの活動をするまでは、在日コリアンの方と直接知り合う機会が少なかったけれど、みんじゅうの活動を通して知り合い、それまで知らなかった外国籍住民の方々が受けていた差別の問題などを知れたので、それだけとってもみんじゅうの活動をしてほんとによかったと思っています。

マジョリティが課題解決の当事者だということは、言葉で聞いても、最初は頭だけの理解だったものが、活動の中で直接外国籍の人たちと知り合い、触れ合う中で徐々に深まって行ったような気がします。
特に、在日コリアンの人に「マジョリティである日本人がこういう活動をしていることがほんとにありがたい、感動する」と言ってもらったことがあって、そんな生の声を聞く中で、徐々に確信になっていったように思います。
韓国系メディアの記者さんたちにも「前向きにチラシなど配られていて、ほんとにありがたいです」と言われて、徐々に、自分の暮らしの中では当たり前にできること、(在日外国人の立場では)できなかった歴史だとか、「うちらのせいだ!」と思うようになっていったように思います。

マイノリティーである外国籍住民が、共に暮らしているのに言いたいことすら言える場がないということは、それを変えれていない日本人自身の問題です。

それを自分の真ん中にちゃんと思えるようになってからは、
・日本人として、ちゃんと前に出よう。
・マスコミ対応もちゃんとしよう(きらの解釈:伝えてくれる立場の人たちに、「大切にしてほしいこと、伝えてほしいポイントは何なのかを、明確に提示することという意味かな?と理解しています)

 

その他、いろいろな社会活動に身体が動くようになっていて、
出身地の地方議員さんの選挙応援をしたり、
特定秘密保護法案が可決されそうになった時は、会社の休みをとって国会前に向かうため新幹線に飛び乗ったり!
選挙の時は、「投票に行こう」という大きなパネルを作って電車に乗ったりしました。そしたら、昔選挙管理委員会に勤めていたというおじいさんに声をかけられたりしました。

音楽活動の中で、路上パフォーマンスが多いですが、政治や選挙、差別の問題などを替え歌にしてメッセージを歌に乗せて伝えたりしています。

自分自身が動く時、一歩踏み出す原動力を考えてみると、
自分がやりたいと思うということはもちろんだけど、
自分が今動いて意味がある、力になれるかもしれないと感じたとき、
場を作ることで一人でも知ってくれる、知るチャンスを作ることができるという効果があるから、やる意味がある、と思たら動いている気がします。

 

最後に「大切にしていること」をあらためてまとめてくださいました。

・自分が納得しているか(嘘をついてないか)

・内側から「したい」と思えるか

・迷ったときは
「何もしなかったら後悔しない?」と自分に問いかける

・「今」の積み重ねが「未来」を作る

・自分の人生のプロデューサーは自分自身

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【備考】

※大阪市に外国籍住人は5%=2019年12月末の大阪市調査で、14万5800人くらい、政令指定都市の中で最も多い。
その中でも多いのは、韓国朝鮮籍(約6万5000人)、中国(約4万3000人)、ベトナム(約1万7000人)などの方が外国籍住民として暮らしています。

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【お話を聴き終えて】

お話を伺うことができて、ほんとによかったと思いました。
そして、綾さんにも 今までの活動をあらためて振り返っていただく時間を作れたことも、よかったと思っています。

社会活動のいろは。
それは、ノウハウの話ではなくて、
その社会課題を、どれだけ当事者性を持って(自分ごととして)捉えることができるか。それは「そうしなければいけない」ということではなくて、心の琴線に触れることが自分の中にあるからこそ、心から身体を動かすことができる、ということ。

やらない後悔より、自分の心からの声にどれだけ正直に在れるか、ということなのだろうな、とあらためて思いました。

そのことを、「この人にお話を聞いてみたい!」と思えた綾さんから直接伺えたことは、何よりもかけがえがなく、すばらしい時間でした。

「マイノリティの抱える問題は、マジョリティが課題解決の当事者である」

カンパニアにとっても本当に大切にしたい意識と言葉に出会わせていただくことができました。
綾さん、本当にありがとうございました。